主に公認会計士の受験者層と監査法人の新人職員向けに、元監査法人職員が監査手続を事細かに説明するシリーズです。
今回は超基本かつ超重要監査手続である実査・立会・確認より、実査についてご説明します。
なお、立会編、確認編については以下の記事をご覧ください。
実査とは今そこにあるものを数えること
まずお勉強です。
実査とは主として、資産の実在性を確かめるために実施する手続で、今目の前にある現物を数えます。
現金や預金、有価証券、受取手形を、監査人が実際に目で見て確かめることができるので、貸借対照表に記載されているこれらの勘定残高をバチっと抑えることができます。
ですので、実査はその監査証拠の証明力の高さから、監査上極めて重要な手続きとして捉えられています。
「実査って現金数えるだけなんでしょ(ハナホジー)」なーんて、適当に考えてたら罰当たりますよ。
実査の監査計画を立てる(先輩がね)
監査は監査計画から始まります。
基本的に監査計画で予定されていない手続は実施されません。
なぜなら、リスクアプローチ戦略の下で、監査計画に組み込まれないということは、リスクが低く、もしそこに虚偽表示(間違い)があったとしても金額的に大したことがないか、もしくは会社の種々の状況から考えて、虚偽表示が存在する可能性が極めて低いと判断していることに他ならないからです。
ですので、実査についても当然ながら計画を立てて、その計画に従って手続が実施されます。
具体的には、年度の中盤ぐらいの段階で、監査対象会社(以下クライアント)のうち、どの部分について実査を行うかを細かく計画します。
“どの部分”というのは、切り口が大きく分けて2つあります。
1つ目:勘定科目の切り口
実査の対象となり得る勘定科目はだいたい以下の通りです。
- 現金
- 小切手
- 預金
- 有価証券
- 受取手形
- 貯蔵品(ややレア)
- 固定資産(レア)
監査計画を立案する際、金額の大小や他の監査手続との兼ね合いによってその勘定科目を、捨てるか捨てないか、つまり手続を実施するかしないかを決めます(もちろん金額の大小以外にも考慮することはあります)。
従って、現金残高が極端に少ないことが分かっている場合や、有価証券がすべて証券会社に保護預けされていて、現物が無いような場合には実査を行わないという選択もあり得ます。
2つ目:実査対象”部署”の切り口
実査の対象となる勘定科目は必ずしも、クライアントの本社にすべて保管されているわけではありません。
支店や営業所、事業所あるいは本社の中でも経理部門以外に実査対象物が保管されているケースもあります。
従って、どこにどれくらいの残高があるのかということを過去の経験や会社へのヒアリングから推測して、例えば今年は本社経理部門と本社営業部、A支店に実査に行くぞ、みたいな感じで計画を策定します。
ここで、あれ?と思われた方もいるかもしれませんが、そうです、勘定科目自体が実査の対象になっていると言っても、必ずしもその”全額”を実査しないといけないというわけではないんですね。
例えば、貸借対象表には1,000万円の現金が計上されていて、本社経理部に700万円、A支店200万円、B支店50万円、C支店30万円、D支店10万円、E支店10万円みたいな状況であれば、本社経理とA支店だけ実査しとけばええやろ、みたいな判断がなされます。
これもリスクアプローチの考え方で、どこまでを許容するかはプロフェッショナルジャッジメントです。
以上で、”どこで何を数える”が決まりましたね。
実査当日の動き
では時間を進めまして、本日は4月1日です。
あなたは本社経理部の実査担当者にアサイン(指名)されています。
実査は決算日の翌日朝に実施されることが多いです。
3月決算の会社の場合であれば、4月1日の朝ですね。
なぜかというと、実査は現物を数えますので、実査のタイミングが遅れてしまうと、その現物が動いてしまうんです。
現金はもちろん入出金がありますし、受取手形も時間が立てばどんどん新しい手形が入ってきます。
ですから、一般的にはクライアントに、「4月1日の午前9時に実際に伺うので、それまで実査対象物を動かさないでくださいね。」みたいなお願いをしておきます。
そうすることで、実際に数えた金額が3月31日の金額となってめでたしめでたしとなります。
というわけで、クライアントの経理部に往査しましょう。
と、その前に、準備は大丈夫でしょうか?
実査は一発勝負です。
もしもやり残しが生じてしまっても、修正が利きません。
なぜなら、現金などは実査後すぐに動いてしまうので。
ですから、当日までに必ず、前期の調書を読み込んで過去に先輩が残してくれた注意すべき点を頭に入れておきましょう。
また、当日やらないといけないことを書いたリスト(手続書)も用意しておきましょうね。
では改めて会社に往査です。
(ちなみに、実査は1年目の新人を除いて、ほぼ一人で行かされます。新人でも一人で行かされるケースもあります。事前準備と度胸が大事です。)
実査担当者は普段の監査で会う人と違う人
会議室などに通されて実査の開始です。
実査では、実査対象物を管理している人が、代わる代わるその対象物をもってきます。
だいたい出納係の人が実査の対象者になることが多いですね。
普段の往査で相対している経理課の人達とは若干異なるケースも多いので、ビビらないようにしましょう。
なお、実査中は必ず会社の担当者に自分を見張っておいてもらう必要があります。
現金等の現物を監査人(あなた)が触りますので、万が一にも紛失や残高相違があってはいけませんからね。
現金
金庫が目の前に置かれますので、会社担当者の許可を得て、カウントを開始します。
1万円札が何枚、5千円札が何枚、千円札が何枚、500円玉が何枚、100円玉が何枚、50円玉が何枚、10円玉が何枚、5円玉が何枚、1円玉が何枚とそこにあるすべての現金を数えて控えます。
古銭がある場合もあるので、漏らさず数えましょう。
数えたら、自分で金種表(1万円札・・・X枚、5千円札・・・Y枚と記載された表)を作成するのですが、クライアント自身が先に数えて、金種表を作っていることも多いので、それがある場合にはコピーをもらって、それぞれの金種の枚数のところに”数えたよ!合ってたよ!”というチェックを記入しましょう。
数え終わったら、すぐに現金を金庫に戻して会社担当者に返却します。
そして、(私がいた監査法人の場合)会社担当者に、調書となる金種表に「実査対象物はちゃんと返却されました。」ということと、「これ以外に現金はありません。」という宣誓文を書いてもらいます。(以下同様です)
なお、やむを得ない理由で、実査日が4月1日の昼以降となって、往査時点で既に現金が動いてしまっているというケースもあります。
そのような場合には、”動いた後の現金”を数えて、3月31日時点の残高との差異を構成している取引について、出金伝票や取引の証憑を入手して、動きに問題がないことを確かめるという追加の手続が必要となります。
小切手
小切手は、小切手の一覧みたいなものを会社が作っているケースが多いと思いますので、そのコピーをもらって、現物と付き合わせていきます。
小切手番号、振出人、振出日、金額など、小切手を特定する情報を確認して、一覧表にチェックです。
数え終わったら返却して宣誓文。
預金
つづいて預金を数えるのですが、実は預金残高の実在性を確保するために、預金を実査するケースというのはあまり多くありません。
というのも、預金については、銀行に銀行確認書(実務では確認”状”と呼ばれていることが大半)を送付して、預金額の回答を得ているケースがほとんどですので、残高の実在性という意味では、わざわざ実査をする必要がありません。(確認手続については、後日記事にします)
では、なぜ預金を実査の対象にするかというと、預金が担保提供されていないかどうかを確かめるためです。
企業経営では、金融機関から借入を実行するにあたって、担保が必要となる場合に、定期預金が担保提供資産として差し入れられるケースがあります。
(担保提供資産は計算書類の注記で金額を開示しないといけません)
つまり、預金残高の実在性については確認状で押さえられますが、定期預金が担保に入っているかどうかは、現物を見てみないとわからないということです。
もし定期預金が担保に入っていたら、会社に定期預金通帳は存在しないはずですからね。
というわけで、預金実査にあたっては、定期預金通帳がまさに目の前にあるかどうかということを確認します。
もちろん、監査計画で、”預金の実在性は実査で押さえる!”ってなっていたら、ちゃんと数えてくださいね。
数え終わって返却したら宣誓文。
有価証券
どんどんいきましょう。次は有価証券。
有価証券と一口に言っても、株券、社債券、出資証券、ゴルフ会員権、CPなどなど多くの種類があります。
また、株券だけをとっても、上場会社の株券、非上場会社の株券、株券不発行の株券など、保有形態もマチマチです。
ですので、有価証券については、有価証券の一覧表コピー入手し、一銘柄ずつ”実在性の証拠”を提出してもらって、”資産が存在する”ということを確認していきます。
例えば、上場会社の株式であれば、現在はほとんどが株券不発行ですので、不発行の通知みたいなもの、非上場会社であれば、株券現物、CPであれば取引報告書みたいな感じです。
会社が出してきた資料を疑うことなく受け入れるのではなく、本当にそれが資産の実在性を証明しているかどうかを確かめながらチェックを入れていきましょうね。
数え終わって返却したら宣誓文。
受取手形
最後に受取手形です。
これも、会社が一覧表を作っていると思いますので、まずそのコピーを入手してから、現物を見て、小切手と同様に手形番号等の手形情報を一覧表と突き合わせます。
受取手形については、一つ注意点があります。
それは受取手形の社内輸送によるタイムラグです。
受取手形については、本社から遠隔地にある営業店でまず受け取って、何日かごとに本社に送るというような運用をしているケースがあります。
そうすると、例えば3月31日に北海道支店で手形を入手し、即日京都本社に郵送したとしても、4月1日の朝には間に合いません。
ですので、受取手形の一覧表が仮に支店などを含めた会社全体の一覧表になっている場合には、4月1日朝時点で数えられないものも出てくるということです。
その時点で数えられなかった受取手形をどうするか、後日また数えに来るのか、金額が小さいからパスするのかというのは、監査計画に従いましょう。
数え終わって返却したら宣誓文。
現物のカウント以外に実施すべきこと
現物のカウントが終わったら、まず会社の担当者にお礼を言うとともに、他に金目のものはありませんよね?と念押ししましょう。
実査はその日だけです。
他にもこんなのがありましたー、と後からわかっても後の祭りですので、必ずその場で確認してください。
それと、会社にお願いして、大金庫の中を見せてもらいましょう。
現金を数える時に見た金庫は小さな手提げ金庫です。
それとは別に会社の中には、大事なものを色々入れている大金庫があるはずです。
それを見せてもらって、以下のようなことを確認します。
- 他に数えるべき金目のものがないかどうか
- ハンコ類は適切に管理されているかどうか
- 金庫の鍵は誰が持っているのか
- 金庫の中は整理整頓されているか
- 金庫の中に従業員個人のものなどが保管されていないかどうか
管理状況に不味いところがある場合には、会社にやんわり伝えて、実査の調書に「これこれこんな状況でした。内部統制的には~~~です」みたいな感じで記載しておきます。
以上で、手続きはすべて完了です。
後は事務所に戻って、監査調書を清書したり整理したりして終了です。
どうでしょう、少しでも実査の現場の雰囲気を感じとっていただけたなら幸いです。
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